High Art High Art お問合せ 法人様はこちらから

« 個人情報保護方針 | メイン | ベンチャーで新規プロジェクトを立ち上げたい野心家を募集! »

バウン東京株式会社 セールス・エグゼクティブ 中鉢亜希子さん

“自分の心にシンプルに”をモットーに、仕事も趣味も好きなだけ楽しんできた

バウン東京株式会社 セールス・エグゼクティブ 中鉢亜希子さん 米国 ニューヨークにて家具レンタルの営業、長距離電話の法人営業、
人材派遣派遣会社の立ち上げなどを経験し、2003年に帰国。
国際感覚に優れ、ネイティブレベルの語学力と営業力を活かし、
外資系金融印刷会社にてセールス・エグゼクティブとして活躍中。






-- -- 中鉢さんは10代の頃からアメリカで生活をされてきたそうですが、そもそも何をきっかけに渡米されたのですか?

高校進学のときです。なんとなく、日本は“皆同じように生きていこう”とする教育の流れがあると思いますが、それが私にはなんとなくつまらなく思えて。思い切ってアメリカの高校に進学しようと決めました。

-- 中学生の時にそんなことを考えていたんですか?! さすがですね~。びっくりです。10代で漠然と海外に憧れる人は少なくないと思いますが、自分でその道を調べて、実行にうつしてしまうなんて・・・かっこいいですね! それからずっとアメリカで生活されてきたわけですか。

はい。高校でも大学でもマスメディアを勉強し、ジャーナリストを目指していました。でも、就職活動のときにその給与の低さに驚いて(笑)結局家具レンタル会社に営業として就職をしました。

-- どんなお仕事だったのですか?

駐在員や外交員の方々の住まいに、家具をコーディネートする営業です。色々な方との出会いもあって、感性もいかせるし、楽しい仕事でしたよ。営業職を選んだのは、やっぱり自分の仕事 の成績がはっきりと数字になってみえるのが気持ち良かったですし、やればやっただけ評価・給与に反映されて遣り甲斐を感じられるところが相に合っていたと思います。お客様に一番近い、最前線の仕事でもありますし。

-- そこらへんは日本で営業に就く気持ちと同じなんですね。アメリカで転職はされましたか?

はい。この会社は大手だったのでベンチャーそのものに興味がありましたし、長く勤めていて変化がほしいと思い始めたころ、人材派遣会社を設立する社長さんから声がかかり、転職しました。

-- すごいですね。いきなり社長と2人、新会社設立にチャレンジというわけですか。 どうでしたか?それまでの環境とまったく違ったと思いますが。

私は特に何も感じませんでしたね。営業をすることには変わりはなかったですし、前職では味わうことのできなかった“事業を1から立ち上げることの面白さ”に夢中になって、さらに仕事が楽しくなりました。 クライアント集めはマンハッタンのオフィスを毎日飛び込み営業して宣伝していました。1日に50件くらいは電話で営業もして、アポイントがとれると訪問、ご紹介先として入口をあけていただきました。キャンディデート集めの方は日本人用の雑誌などに広告を掲載したり、就職セミナーに出展したり、色々工夫をしていました。雑誌の反響が一番良かったですね。

-- 飛び込み営業、疲れませんでしたか?(笑)

そうでもないですね。マンハッタンってひとつのビルの中にオフィスが集中してはいっているので、実はそんな長時間歩きまわる必要はないんですよ。日本だと、飛び込みは大変でしょうね。 それに、私は仕事とプライベートをはっきり分けていましたから、ストレスをためたりなどもありませんでした。9時から5時までしっかり働いて、夜は毎日色々な趣味に時間を費やしていましたよ。スポーツジムやサルサダンス、旅行も度々していましたし、ラフティング、マウンテンバイクなんかにも挑戦しました。

-- そんなに沢山!サルサダンスは今でもかなり力を入れていらっしゃるとか?

そうですね。あるチームに所属していて、月に1度パフォーマンスの機会にむけて、毎週末4時間くらいは練習しています。ダンスが大好きですね。目立ちたがり屋なせいだと思います。(笑)

-- なるほど。日本では今まさに仕事とプライベートの両立、両方を充実させて生きることに女性たちの関心が集まっていると思います。中鉢さんのように好きなことをとことん楽しんでいる女性をみると、本当に嬉しいですし、刺激されます。 ところで日本に帰国されたのはいつ頃なのですか?

27歳のときです。ビザが切れたので帰国をしました。その時、帰国後の仕事を何も決めずに帰ってきたので、2か月間くらい転職活動をしました。

-- そうなんですか。何か感じるところはありましたか?

やっぱり、カルチャーショックをうけましたね。なんていうか、12年間もアメリカで生活をしてきたので、当たり前のことが衝撃的でした。みんな黒髪で、皮膚の色が同じ。本当に日本人しかない!自分が日本で本当に仕事をしていけるのか不安になったりもしました。

-- そういうふうに感じるものなのですね~。

はい。それで、少しマニアックなのですが航空機エンジンのパーツを扱う営業職に就きました。営業のキャリアと語学力、国際的感覚がいきる環境だったので選びました。日本で就職したといっても、当時中国人の旅行客が増えた時期だったので中国エンジン機の仕事が多くて、年の半分は中国に出張していました。 色々な国の人と、まったく違う価値観やビジネスルールの中で仕事をして、とても勉強になりました。フィンランドやサウジアラビア、ドヴァイやインドの方々とも仕事をしました。本当に楽しかったです。

-- すっごい!!まさに世界が違うかんじですね~。同じ日本人にだって“売る”ことは簡単ではないのに、それが想像もつかないような国の人との交渉となったら・・・すごく刺激的ですね。

そうですね。でも、この会社ではそれなりに悩みもでてきたのです。男社会だったので、女性としてキャリアを築いていくことを考えたりして・・・。

-- そして、今の環境に?

はい。日本でのビジネスの中心、東京で仕事をしたいという思いもありました。企業の株式発行の際の目論見書の専門印刷会社です。またしても、営業をしています。

-- 中鉢さんのお話をきいていると、“自分は自分”という強さを感じるというか、とてもリラックスしていて、常に自分の人生を楽しんでいる人という印象が強いのですが、何か今の日本のワーキングウーマンたちにメッセージをいただけませんか?それが、とても今の私たちに良い刺激となると思うのです。

日本で仕事をしていて感じているのは、日本人の女性はとても我慢強いし、芯が強い。他人への思いやりの気持ちがあるし、自分磨きに力を抜かないところが本当に良いところだと思います。今でもすごくキレイなのに、もっとキレイになるために努力するじゃないですか。本当にすごいと思います。
逆にもっとこうしたら?と思うのは、“自分の心にシンプルに生きてほしい”ということ。自分が何をどうしたいとか、何が好きなのかとか、そういうことを深く自分で考える前に世間の声で自分の人生を決めてしまっているような人も少なくないように思います。
例えば少し前に“負け犬”なんて言葉が流行ったじゃないですか。これって、せめて30歳頃には結婚していないといけないかのような感覚ですよね。結婚する理由が、もう○歳だしそろそろ・・・みたいなところにあるのはどうなのかなと。
アメリカだったら、別に40歳でも50歳で結婚してもおかしくない。好きだから、この人と人生を一緒に歩みたいって思うから結婚があるんです。その点は、日本には余計な束縛が多いのではないかと思ったりもします。
もちろん女性たち自身だけの問題ではないけれど、もっとラフに、シンプルに考えて良いと思います。

-- なるほど。結婚だけでなく、そういう価値観の束縛は多いと思います。常識の範囲内でないと間違っているかのような、逆にそこでうまくいくとその人は成功したかのような・・・日本女性は脱皮しようとしている時期だと思います。だからこそ、女性支援の仕事に力がはいってしまうんですけどね。(笑)

私も、最終的に取り組みたい仕事は女性を支援する仕事なんです。

-- なんと!!是非、将来ご一緒させてください!(笑)中鉢さんのキャリアの事例を、沢山の女性たちに参考にしてほしいです。そして、その過程で学ぶこと、感じたことを次の世代にうまく渡していくことが、私たちの仕事ですよね。そう感じている人たちで、新しいムーブメント起こしていきたいと思っています。 張ってください!!

中鉢亜希子さんのキャリアのポイント

中鉢さんは、常に自分らしく生きることに価値をおき、自分の人生を自分で創ってこられました。自分らしく生きるために、まずは自分のしたいように生きる。その過程で自分が何なのか、どうしたいのかがより具体的になりキャリアを決める。そのような生き方が、笑顔が溢れストレスと無縁のライフスタイルを創り出しているのだろうと感じました。頭の中で“どうありたいか”を考えるのではなく、まずは行動してみて、行動しながら生きる姿勢の大切さを感じます。

~ベンチャーWOMANのためのキャリア転職情報~
次世代型女性のためのメールマガジン「High Art通信」の登録と解除は、下記のフォームにメールアドレスを入力してください。
powered by メルマガスタンドmelma! トップページへ
株式会社ハイアート
High Art
High Art